咲くように
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神が置いてくださったところで咲きなさい。

仕方ないとあきらめないで咲くのです。
咲くということは、自分が幸せに生き、他人も幸せにすることです。
咲くということは、周囲の人々に、 あなたの笑顔が、私は幸せなのだ、ということを、示して生きることなのです。
神がわたしをここに置いてくださった、それは素晴らしいことであり、ありがたいことだと、
あなたのすべてが、語っていることなのです。
置かれていた所で、精一杯咲くと、それがいつか、花を美しくするのです。
<ライホルド・ニーバーの祈り>



芝生が青々とした園庭。 のびのびと遊ぶこどもたち。 あたたかく細やかな先生たち。
ムスコの幼稚園を選んだ理由です。 
キリスト教の教えに基づいた教育理念…、という難しいことはあまり考えていませんでした。
でも、保護者の集まりや行事などで礼拝を受ける機会が増え、ムスコが自然と祈る姿をみて、
人知を超える存在(それが神様というのだとしても)に対して、畏敬の念を持つのはとてもいいことだなと素直に感じられます。
今日、保護者会の会長さんが、引用された聖書の言葉が、すとんと胸に落ちてきました。
『 神が置いてくださったところで咲きなさい。 』
今いる場所で、がんばっていこうと新たな気持ちでいるわたしを、さらに勇気づけてくれる言葉でした。

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会が終わった後、園長先生が、どうぞどうぞ、子供たちの様子を見てやってくださいとおっしゃって。
ふだんの様子を、こっそりパチリ。 でも、やっぱり里心がついて、泣く子が続出。^^
ムスコはというと、おべんとうのことしか頭にない様子で。 バイバイと手を振って、別れました。
ところが数時間後、バスを降りたら、ママ~っと号泣。 実は、わたしが帰った後、思い出して、大泣きしていたらしいのです。
ふふふ、かわいいヤツめ。(笑)
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by chocolat-au-choco | 2012-05-08 20:02 | 思うコト


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